大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和51年(ツ)2号 判決 1977年12月20日

上告人

松山秀子

右訴訟代理人

野島達雄

外二名

被上告人

安藤努

右訴訟代理人

伊藤典男

村井優文

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人の上告理由について

一原判決が確定した事実は次のとおりである。

(一)  被上告人の祖父安藤喜代三郎は大正八年ごろ自己の所有する本件土地上に木造瓦葺平家建店舗床面積二六坪五合を建築し、昭和六年三月二四日にすミと結婚(ともに再婚)し、同女の連子秀男と共にその建物に居住していた。

(二)  その後上告人は昭和八年一二月二三日に秀男と婚姻し、右建物に同居していたが、上告人夫婦は商売の都合で一時名古屋市に転居し、同一九年九月一九日にすミが死亡するや、再び右建物に居住するに至つたので喜代三郎はその頃右建物から裏の建物へ移り、そこでくらすようになつた。

(三)  そのうち秀男が昭和二二年一一月九日に喜代三郎が同二六年七月九日にそれぞれ死亡したが、守一は、喜代三郎の子として、同人所有の前記上告人居住建物及び本件土地(右建物の敷地)を相続し、同年一〇月二六日に右建物につき、保存登記をする一方、その頃上告人を相手方として西枇把島簡易裁判所に建物明渡の調停を申立てた。

(四)  この申立の趣旨は守一が自己の代になつたので、この際自己と上告人との間の財産関係、権利関係を明確にしようとするところにあつた。

(五)  調停委員会が主宰した右の調停において、本件土地が守一の所有に属するものであることについては当事者間に争いがなかつたものであるが、前記建物については上告人においても、喜代三郎から贈与をうけたとして、その所有権を主張し、かつ当時上告人は昭和一〇年一〇月一八日生の長男修と昭和一六年一一月二一日生の二男正勝の二児をかかえた募婦であり、当面その立退先のあてもなかつたところから、守一も上告人の立場を考慮し、調停当事者双方が互譲した結果、上告人の子供とくに二男の正勝が成人して、一人前になるであろうときまでの間にかぎり、本件土地上に上告人家族らが居住することを守一において認めることにし、右建物を南北一棟ずつの建物に分割して、そのうちの南側の一棟(これが本件建物であり、以下乙家屋という)を上告人が北側の一棟(以下甲家屋という)を守一が各所有するものとしてその旨を双方が確認することにし、乙家屋の敷地たる本件土地を上告人が使用することについては、前認定のように従来、上告人は、喜代三郎の親族の一員(同人の義理の息子の嫁)として同土地上に居住していたものにすぎず、この土地につき独立した使用権限を有しなかつたので、本件土地についても、右の間にかぎり、守一において、これを上告人に賃貸することにし、この線に沿つて、なお当事者双方は右の土地賃貸借期限を昭和三九年一二月末目(向う一二年六カ月余)までと定め、かつ右期限が到来したときは上告人は守一に対して本件建物を収去して本件土地を明渡すことは勿論、その際移転料その他の何らの請求もしないこと、右期限がきても、上告人が右建物を収去し、土地を明渡さない場合は何らの意思表示を要せず、当然に本件建物の所有権は上告人から守一に譲渡され、本件土地の右賃貸借も当然に解除となり、上告人は守一に対し、乙家屋から退去して同家屋と本件土地を明渡すこと、守一は上告人のため自己の費用で右の分割後これにより切離される本件建物の目側部分を補修し、かつその部分に勝手場を改築すること等の合意をなし、ここにおいてこれらの合意事項を主たる内容とし、これらの条項を含む本件調停が昭和二七年六月一二日に成立した。

(六)  本件調停成立後、まもなく、守一は上告人のため、調停の趣旨に従い、自己の費用で本件建物の北側部分を補修し、かつその部分に勝手場改築し、守一及び被上告人は右調停条項を信頼し、前記賃貸借期限に本件土地が明渡されることを期待して、右期限の到来するのを待ち、上告人も昭和四一年頃には、本件上から他へ移転するための立退先を探したのであつた。

二原判決は右認定事実にもとづき、右調停は、親族者間の財産関係の明確化のため申立てられたものであり、この調停において従来本件土地につき独立した使用権限を有しなかつた上告人のため、その子供らが一人前になるまでの間にかぎり、同土地の使用をさせることを目的として本件土地賃貸借が成立するにいたつたことが分り、また前記の各調停条項の内容及び本件調停成立後の事情からみて、当事者が当初本件賃貸借の更新を全く予定していなかつたこと、しかしそのことにより上告人が一方的に不利益を強いられたともみられないこと、したがつてこれらの点からして本件土地の賃貸借につき賃借人救済のための借地法の関係規定を適用することが不可欠とまではいいえないことが分り、以上の諸点をさらに総合して考えると、本件賃貸借はその期限を昭和三九年一二月末日とする借地法九条にいう一時使用のための賃貸借と解するのが相当であると判断したものである。

三しかして調停により成立した建物所有を目的とする土地賃貸借の期間が借地法二条二項の期間よりも短いものについては、右の調停条項の内容、すなわち目的とされた土地の利用目的、地上建物の種類、設備、構造、賃貸期間等諸般の事情を考慮し、賃貸借当事者間に短期間にかぎり賃貸借を存在させる合意が成立したと認められる客観的合理的な理由が存する揚合にかぎり、右賃貸借が借地法九条にいう一時使用の賃貸借に該当するものと解すべきである。

本件についてこれをみるに原判決の認定事実によれば、本件賃貸借は普通の居住建物(乙家屋)を所有することを目的としてなされたものであり、上告人は本件乙家屋を生活の本拠としていたものである。そして右建物は、大正八年に建築されたものであるけれども、本件調停が成立した昭和二六年当時、まもなく朽廃するものであることは、原審の認定しなかつたところであり、賃貸期間も一二年六カ月という借地法二条二項に定める借地権の法定最短期間である二〇年の半分以上のかなり長期間であることは明白である。

原判決はこの点について、「……調停……によつて成立した借地権につき、これが一時使用の借地権か否かをきめるに際し、期間の物理的長短にあまり力点をおきすぎると、同情心厚き賃貸人がまさにそれ故にかえつて不利になる結果を招きかねないのであつて……」と判断しているけれども、ある賃貸借が一時使用の賃貸借といえるか否かは、期間の長短が有力な判断要素であることは否定しえないところである。けだし借地法九条は「臨時設備其ノ他一時使用ノ為借地権ヲ設定シタルコト明ナル場合」と規定しているからである。すなわち建物所有を目的とする土地賃貸借が短い期間にかぎり存続させるという当事者の意思が明確に認められる場合にこれを一時使用の賃貸借とすることができるのであり、本件のような場合に、原判決の確定した事実からは右の当事者の意思を推認することは困難であるといわなければならない。

なおこの点に関して原判決のいうところの当事者が更新を予定していなかつたという事実は更新拒絶の正当事由の判断にあたつてしんしやくさるべき事情であるにすぎないというべきであろう。

したがつてこの点に関する原判決の判断は借地法九条の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすものであることは明白である。

四次に本件調停条項中に「但し本賃貸借はその一部について本調停成立以前に成立していたものである」との記載されていることについて検討する。

原判決は右の点について「……本件全証拠によつても、この記載の趣旨は必らずしも明確ではないのであるが、しかしその趣旨が奈辺にあるにせよ、本件調停成立以前に本件土地につき上告人が借地権を全く有していなかつたことは前認定のとおりであるから、右記載は当裁判所の前記判断を左右するものではない。」と判断している。

しかして本件賃貸借の終期が昭和三九年一二月末日と定められたことについて、原判決は上告人の二男正勝が一人前になるまでの間賃貸する趣旨であつた旨を認定している。そして、右の時点で右同人は満二三才であるから一応一人前になつているということはいえるにしても、右の原判決の認定は必ずしも合理的なものであるとはいい難い。

ところで、原判決の認定事実によると上告人は、昭和一九年九月一九日頃から本件建物に居住していたというのである。

そして、建物所有を目的とする土地賃貸借の期間は二〇年以上でなければならないことは借地法二条二項に定められており、このことは本件調停が成立した時点において、調停委員らは知悉していたものと考えられるところ、右の期間が一二年六カ月とすると、右の規定に抵触し、期間の定めのない賃貸借と判断されるおそれがあつたので、上告人が本件乙家屋に居住するようになつた昭和一九年九月一九日頃から二〇年余後である昭和三九年一二月を本件賃貸借の終期としたものと推認するのが相当である。すなわち右の調停調書の記載は本件賃貸借の期間が一二年六月ではないとの趣旨に解する余地もあるのである。

したがつて、原判決は本件調停条項の解釈を誤つた違法があるというべきであり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことは明白である。

五してみれば、右の各点に関する論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れず、右の各点について更に審理をつくす必要があるものと認め、本件を原審に差戻すこととする。

よつて、民事訴訟法四〇七条一項を適用して主文のとおり判決する。

(丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)

上告代理人の上告理由<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例